軌道修正の自由
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「あれ?」
進学校の制服を着たそいつは、分厚い本に目を落としていた。だらけたシャツにズボンのオレとは大違いだ。
「やっぱりそうだ。ヨウスケじゃん」
オレはそういって彼の隣にドスンと腰をおろした。
「ヒロちゃん」

汗でぬれた長めの髪を手串で整えながら、オレはいった。
ヨウスケは昔ながらのシチサン頭。相変わらずダサい。
「うん、でも高校に入ってからは、結構毎日忙しいけどね」
とヨウスケは笑顔で答えた。
「まあ、大変は大変だね」
「オレなんか生きたいように生きてるぜ。今が良きゃそれでいいのさ」
「ヒロちゃんらしいね。でも将来はどうするの?」
「そうなんだ」
ヨウスケの顔が少しくもったように見えた。
「なんだよ。なんか問題あっかよ?」
オレはそういって、ヨウスケの目を見た。ヨウスケの瞳は、とても澄んで見えた。
ヨウスケがいった。
「でもお前の今は、勉強の毎日だろ?楽しくねえじゃん」
ヨウスケの考えを、うまく消化できない。
「確かに大変だけど、充実はしてるんだよ。学ぶって意外に楽しいんだよ」
「勉強が楽しい?マジでいってんのか?」
「うん、ヒロちゃんも一緒に勉強しない?」
ヨウスケの意外な言動に、オレは腹をかかえて笑った。しかしヨウスケは、笑わなかった。
「教授、一番にお電話です」
電子位相顕微鏡の解析画像から目を離した私は、受話器をとって、外線ボタンをプッシュした。
「ヨウスケ、久々だな。元気だったか?」と私はきいた。
「ヒロちゃん。ネイチャー誌掲載の論文読んだよ。おめでとう」
ヨウスケは自分の近況を語る代わりに、興奮した声でそういった。
「ありがとう」
私は薄くなった髪を手串で整えながら答えた。ヨウスケの言葉が、何にもまして嬉しかった。
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