父の誇り

Sponsored Link


 パジャマ姿でダイニングに行くと、息子が茶碗の白米を勢いよく口に詰め込んでいるところだった。週末の朝にもかかわらず、息子は学生服に着替えていた。
「おはよう」
 私は、息子に声をかけた。息子の代わりに、キッチンで弁当を作っていた妻が「おはよう」と答えた。息子も何かいったようだったが、もごもごと言葉にならない。
「おちついて食べなさい。胃に悪いぞ」
 私は息子の向かい側に座り、ダイニングテーブルの上にあった新聞を広げた。景気が緩やかな回復傾向にあるといった経済面の記事が目を引いた。


 息子は味噌汁の力をかりて、口のものを喉へと流し込んだ。途中でつかえたのか、拳で何度も胸をたたいている。
「今日は試合なんだ。おくれちゃうよ!ごちそうさま」
 そういうと、息子は勢いよく立ち上がった。息子の身長は、180センチ以上あった。肩幅は私のそれを大きく上回っている。目の前に黒い壁がたちはだかったかのような圧迫感を覚えた。


 妻が弁当箱を布の袋につめると、「サンキュウ」といって息子はそれを受け取った。黒帯でまとめられた柔道着がテーブルの上にあった。黒帯の両端が白く擦り切れていた。
 息子は弁当箱と柔道着を大きなバックに放り込み、ジッパーをしめて肩に背負った。
「いってきます」
 息子はそういうと、電車で一時間ほどの講道館へと出かけていった。


「いったい、いつの間にあんなに大きくなったんだろうな」
 私は、新聞の経済欄に目をやったまま妻にいった。
「まったくですね。1000gだったのにね」
 妻は答えた。新聞から目を離して妻を見ると、妻は肩をすくめてクスリと笑った。


 妊娠8ヶ月目を迎えた朝に、妻は突然破水した。妻は緊急入院となり、その二日後に帝王切開で息子を出産したのだった。とても十七年前の出来事とは思えない。NICUのカプセルの中で、多くの管につながれた手のひらにのるような真っ赤な命。私がはじめて見た息子の姿だった。


 今日は、全国高等学校柔道選手権が開催される日だという。
「あの子、個人戦の優勝候補らしいわよ」と妻がいった。
 すでに、複数の大学からもオファーがきていた。あの時の小さな命が、そんな今の息子と一本のラインでつながっていることを、私はなかなかイメージできないでいた。


 ただ、父として息子がとても誇らしかった。



Sponsored Link


■お勧め作品