南の島の過ごし方
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「隣の島に渡らないか?ボートで行くことができるんだ。弁当付きで60ドルだよ」
アジア訛りの英語がそういった。
ペーパーバックスから目を離して顔を上げると、意外にも大柄な黒人が立っていた。
笑顔からこぼれる歯の白さが際立つ。
「いや、やめておくよ。一日この本を読んでいたいんだ」
ボクはそう答え、軽く伸びをした。パラソルが風に揺れる。
ホテルのプライベートビーチに置かれたサマーベッドに、ボクは横になっていた。水平線まで続くかのような遠浅の海が、強い日差しを受け、ライトブルーに輝いている。その輝きは、サングラス越しにみてもまぶしかった。
「いつまでこの島にいるんだい?」
人懐こい彼の顔は、よく見ると子供のようにも見える。
「しばらくはここにいるよ。まだ帰りの便を予約していないんだ」
「それならいつか一度、隣の島に行こう。ボクが案内するからさ。50ドルにまけておくから」
見込み客の獲得に満足したのか、彼は別のターゲットを探しに、ビーチを歩いていった。彼のビジネスは、さほど儲からないに違いない。ビーチに人は、ほとんどいなかったからだ。
都会で忙しく生きた毎日が嘘のようだった。こんなにのんびりと時が過ぎる世界を、ボクは今まで知ることがなかった。ボクは先週、十年勤めた商社を退職していた。当面生活に困ることのない貯蓄はあった。次の就職先は、あえて決めていなかった。
そしてボクは、この小さな南の島へとやってきたのだった。
島には、美しい海といくつかのホテル以外、目立った商業施設は見当たらなかった。しかしそれこそが、この島の持つメリットに思えた。なぜならボクには<何もしない>という、明確な目的があったからだ。帰国すれば、再びボクは走り出すことだろう。これからの十年は、今まで以上に多忙なものとなることが予想できた。それを乗り切るためにも、何もしない今が必要なのだ。
青い空に、灰色の厚い雲がかかりだしていた。たぶんはスコールがやってくるのだろう。ボクは部屋に戻り、シャワーを浴びることにした。部屋には、冷えたシャンパンがボクを待っているはずだった。
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