妻とのドライブ

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「どこへ連れていくの?」
 助手席の妻がきいた。私の運転で家を出発してから3度目の質問だった。
「それは、着いたときのお楽しみ」
 私の答も3度目だ。
 自営のため定年はなかったが、それでも60歳をむかえたのをきっかけとして、私は会社の運営を息子に任せ、リタイヤをしていた。すでに2年前のことだ。週末の今日、私は妻をドライブへとさそった。二人だけのドライブは、考えてみれば久しぶりのことだ。
 妻が目的地を気にするのはそのためだと思われた。


 海沿いの国道を南下し、静かな入り江を臨むところで右折して、急な上り坂の小道に入った。アクセルを踏み込むと、車はそれでも滑らかに加速した。
「登山でもするつもり?」
 妻が笑っていった。
「もう、お互いそんな年齢ではなくなったかもね」
 私は答えた。


 急な坂を上りきると、開けた土地に白く真新しい洋館が見える。そしてその向こう側には、遙か遠方の水平線が、空と海の異なる青の境界線として一文字に広がっていた。私は洋館の一階に用意された広いガレージに車をすべりこませた。
「どなたのお宅?」
 妻はそういいながら車を降りた。無意識に髪をととのえる彼女のしぐさがかわいい。


 私は、ジャケットの内ポケットからゴールドの鍵を一つ取り出して、妻に渡した。
「君の家だよ」
 妻は少し驚いた様子で、家を見上げた。抜けるような青い空には、小さな雲が一つ、浮かんでいた。小鳥の囀りと、微かに波の音が聞こえる。


 1年ほど前に、私はこの土地を取得していた。海を見下ろすことのできる家に住んでみたいと、長いこと思っていた。そしてこの土地は、私の夢を百%満たすロケーションだった。私は土地を取得してしばらくの後、家の設計を建築士の友人に依頼した。家が完成したのは、わずか3日前だった。それまでの行程のすべてを、私は妻に告げてはいなかった。


「ふたりの家でなければ意味がないわ」
 妻は軽くウインクをしながらそういった。
「それなら、私も住まわせてもらうことにするよ」


 私は妻の肩を抱いてそれに答えた。初めて出会った時の彼女と、まったく変わることのない澄んだ瞳が、私を見上げてうれしそうに微笑んでいた。



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