負けのない賭け
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「サーティ・フォーティ?」と私はきいた。
「そう、サーティ・フォーティ」
中央のネットを隔てたコートの反対側で彼が答えた。
これを落とすと、デュースとなってしまう。女子大の頃から、テニスだけは自信があった。なんとか次で決めて彼に勝ちたかった。
彼はラケットでボールを何度か地面についた後、ゆっくりとサービスのフォームを取った。白ベースのウエアが、強い日差しを受けてまぶしい。
「ふっ!」
黄色いボールを、彼は手で空中へと高く上げた。それと同時に身体を弓のようにしならせ、空中のボールをラケットでとらえた。
ラケットで弾かれたボールは、加速しながら私をめがけた。そして次の瞬間、私の前方で勢い良くバウンドした。私は、ボールの方向にラケットを出した。とても打ち返すまでの余裕はない。
偶然、出したラケットがボールにあたった。グリップがあまかったためか、放物線を描いたボールは、左後方にいる彼から離れた右前方に、ゆっくりと落下した。
「ゲームセット!私の勝ちだよ」
私は両手をあげて何度も飛び上がった。
彼はネットの反対側で跪き、四つん這いになった。このゲームに賭けたのは、私が以前からほしかったティファニーのリングだ。
「君には負けないから、もし負けたら何でも買ってあげるよ」
彼の安易な言動は、高い出費となったはずだ。
「もう一度、勝負しない?」立ち上がった彼がいった。
「え?他にも何かプレゼントしてくれるの?」と私は笑った。
「なんでも。その代わり君が負けたら」彼は真剣だ。
「まさかティファニーはなし?」
「違うよ。今度ボクが勝ったら、ボクと結婚してほしい」
驚いた。テニスコートでプロポーズされるとは思っても見なかった。でも、とてもうれしかった。 彼との結婚は、私も強く望んでいたことだったからだ。
「いいよ。今度は私を賭けての勝負だね」
次のゲームの彼は、それまでの彼よりもずっと強かった。私はまったく歯が立たず、結局ラブゲームで彼に負けた。それほど強いのなら、最初から勝っていればと思わないでもない。ただ、それではリングが手に入らなかったか。
あれ?リングと結婚って、彼の演出?
ゲームセット後、二人はネットへと歩み寄った。
「恐れ入りました。私の負けだね」と私は言った。
「ボクと結婚してくれるね」緊張した彼が言った。
「はい」
恥ずかしさと感動のあまり、声がうまくでない。
「最初に賭けた指輪は、ダイヤモンドでもいい?」
と彼がきいた。
「ダイヤの後にティファニーだけどね」
と私は答えた。
私たちはネットを隔てた状態のまま抱き合った。もし、私がこのゲームに勝ったなら、どうしただろうと考えた。彼に歩み寄り、私から結婚をお願いしていたかもしれない。
結局、この賭けに負けはないのだ。眩暈がしそうな幸せの中で、私はそう思っていた。
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