幼なじみ

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「彼女とうまくいっていないんだ」
 彼はボクのグラスにビールを注ぎながら切り出した。
 ボクは少し驚いた。ボクを含めてみんなから妬まれるほどの熱い二人だったからだ。それに二人は数ヵ月後に結婚式をひかえている。


 お待たせしましたと、あどけなさの抜けない女の子が、注文しておいた料理を運んできた。枝豆と秋刀魚の塩焼き、揚げだし豆腐がテーブルにならんだ。給料日前だからだろうか、居酒屋に客はまばらだった。
「原因は何?」
 ボクは秋刀魚の塩焼きを彼に渡し、食べるように促しながらいった。彼女とのデート中に、昔つきあっていた子から携帯に電話が入ったといった、ごくありがちなシチュエーションを、彼は人生最大の悲劇としてボクに説明した。
「その子とはなんでもないんだ。誤解なんだよ。どうすればいい?」
 彼はベソをかきながらそういった。子供の頃、石につまづいて転んだ直後に見せた彼の顔を思い出した。


「今ボクに話したことのすべてを、そのまま彼女に話せばいい」
 と、ボクは言った。
「そんなことをしたら、彼女、もっと怒らないだろうか?」
「お前は人に嘘をついたり、ごまかしたりできるタイプの男じゃない。ストレートにいけよ」
 そういいながら、ボクは彼のグラスにビールを注いだ。
 数日後、スマホに彼から連絡があった。ボクは出張で名古屋に向かう新幹線の中にいた。
「その後、どうなった」
 デッキに移動し、電話に出たボクはいった。


 彼の声は、とても明るかった。その声を聞いただけで、事態が改善したことを察することができた。彼は事実を説明した上で、彼女の機嫌が直るまで「愛している」と言い続けたという。それは、純粋で素直な彼が取るべき最善策だったに違いない。あははと笑いながら、ボクはデッキの窓に目をやった。
 青く静かに広がる浜名湖に、白いクルーザーが一艘、浮かんでるのが見えた。



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