幸せの値段

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 久しぶりに立ち寄ったフードマーケットは、意外なほど混雑していた。パート先の近くであったことから、よく利用した店だ。経営不振を理由にクビになってから、足が遠のいていた。


――― 今日は特売日だったかしら。


 それにしてもレジが混雑している。なかなか先に進んでくれない。しかも、動作の極端に鈍いレジ係の列に列んでしまっていた。


「勉強しろしろってうるせえんだよ!毎日」


 ふと息子の声が脳裏に響いた。高校に入学してからというもの、息子の成績は下がる一方だ。一人息子として、大切に育てたつもりだった。息子に何が起こっているのかが、以前のように把握できない。
 レジ係の動作は、相変わらず鈍かった。少々肥満気味の中年女性だ。年齢は私とさほどかわらないだろう。きっと、住宅ローンに喘ぎながら毎日レジを打ち続けているに違いない。みんな同じだ。うちだって住宅ローンには四苦八苦なのだ。


「子供のことはすべてお前に任せている」


 何度となく相談を求めたが、夫の答は、いつも無責任なものに終始した。一方的に任せるといわれ、そして何か問題が起きると、お前の責任だ」と責め立てる。一生幸せにするとの夫の約束は、結婚翌年あたりから守られていない。


「いらっしゃいませ」


 やっと私の順番がやってきた。住宅ローンは、あいかわらずのペースで、商品をバーコードリーダーに通していく。ピッという電子音が、ゆっくりとした間隔でそれに対応していた。 すべてがいやになってきた。ストレスがピークに達しようとしていた。


「お会計は消費税込みで・・・」


 私は財布の中身を確認した。財布には5千円札が一枚入っているだけだった。私はその5千円札と、以前に作ったこの店のポイントカードを差し出した。


「本日一割引デーのため10%割引となります」


 と住宅ローンは続けた。今日は一割引で300円も得をしたことを知った。混雑していた意味が初めてわかった。


「加えまして、ポイントが貯まりましたので、300円分の商品券プレゼントです」


 予想外の展開だった。割引を含めて600円以上浮いた事になる。この瞬間に、それまでのストレスが一気に吹き飛んだ。


 月末までやり繰りできる力を得たような気がした。息子の成績が上がる予感がした。今夜は夫が早く帰宅するように思えた。


――― 私の幸せの値段。それは千円でお釣りがくる程度のものなのかもしれない。


 それに気づき、私は再び少しだけブルーになった。



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