成功者の願い

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 17時40分。定刻通りに新幹線は発車した。ゆっくりとすべるようにホームを後にする。グリーン車両最後部の席で、私はリクライニングシートに身を任せていた。


 長引いた打ち合わせは、その甲斐あってか、大きな商談2件、まとめることに成功した。翌日に予定される実務的な打ち合わせでは、営業本部長と開発統括部長がうまく事を運ぶだろう。


―― これで、一つ目標が達成できた。


 多くの社員を養う義務、着実な利益確保の義務、新規に立ち上げた事業部門の早急な黒字化、そして、やっと見え始めた株式上場への道。考えなければならないことは山積している。


 スーツの内ポケットにあったスマートフォンが、鈍い音とともに、微振動を始めた。私はそれを取り出し、画面を確認する。めずらしく、息子からのメッセージだった。息子は大学卒業後、英国に留学して二年目だ。
「お久しぶりです。お元気ですか」
 息子のメッセージは、そんな他人行儀な言葉で始まっていた。英国での休暇の誘いだった。街の灯りが次々と後方へと過ぎ去ってゆく。その窓に映る私の顔が苦笑いしていた。
「お前と遊んでいる時間は、なさそうだよ」
 スマホに目を落とし、私は小さな声でそういった。


 息子には、会社を継がせたいと考えていた。しかし息子にはそれを告げていなかった。彼には彼の行き方があるとも思ったからだ。一方、上場後に息子を引き上げるのは不可能に近い。


 息子はどんな夢を持ち、MBAを取得しようとしているのだろう。英国に赴いたなら、きっとそんな話も出るだろう。しかし私には、時間的余裕がまったくなかった。


 新幹線は、さらに加速を続けた。東京駅には車を待たせてある。本社に戻る必要があった。東京までの一時間あまり、これが私に与えられた時間だ。私はスマホ画面でメッセージを打ち始めた。息子に向けたメッセージは、ビジネスメール以上に時間がかかりそうだった。



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