呑み過ぎた夜のこと

Sponsored Link


 呑み過ぎた夜のことだ。
 バーを出て同僚と別れた俺は、国道沿いの自動販売機の前で足を止めた。喉が渇いていたため、タクシーをひろう前に何か飲みたかった。炭酸飲料がほしかったが、これ以上、胃を掻き混ぜるのにも抵抗がある。少し考えた俺は、ウーロン茶のボタンを押した。自動販売機は、予想以上の大きな音を立て、ペットボトルを吐き出した。


 前かがみになり、自動販売機の取り出し口に手を伸ばした時、背後に人の気配を感じた。
「私もウーロン茶にしようかな」
 気配はいった。振り返ると、ベージュのスーツを着たOL風の女性が、自動販売機の白い光に照らされている。幼さの残る人懐こい笑顔がとても可愛い。
「ごめん。邪魔だった?」
 俺はそういい、彼女にスペースを空けた。
「何にしようか決められなかったから、ちょうど良かった」
 彼女は自動販売機のコイン投入口に小銭を入れ、ウーロン茶のボタンを押した。
「同じだね」
 自動販売機からペットボトルを取り出した彼女は、そういって無邪気に笑った。


 夜の冷たい風が、彼女の髪を揺らした。彼女は車道側に視線を移した。
「タクシーをひろうの?」と、俺はきいた。
「うん」と彼女が首を縦に振って答えた。
 近づく空車のタクシーを発見した俺は、車道側に少しだけ乗り出して手を上げた。
 タクシーは急制動をかけて停止し、後部ドアを開けた。


「君が先に乗ればいい」
「ありがとう、優しいね」
「ほんとは口説きたいんだけど、今夜は日が悪いんだ」
「なぜ?」
「呑み過ぎで、口説き文句に舌をかみそうだから」


 俺がそういうと彼女は「あはは」と笑い、タクシーに乗った。ドアが閉まると、彼女は窓を開けていった。
「それだけいえれば大丈夫。口説き文句、今度聞かせてね」
「約束するよ。ただ、口説かれないように、今度は用心しないとね」
 俺が手を振ると、彼女も手を振った。タクシーは、そのタイミングを待っていたかのように急発進した。そしてすぐに他の車のテールランプと同化し、見えなくなった。


 俺はガードレールに腰掛けた。そして、ペットボトルのキャップを開けると、ボトル半分ほどのウーロン茶を一気に胃へと流し込んだ。
 車の多くは、競い合うように国道を走り抜けてゆく。その中の一台に、空車のタクシーを発見した。俺は、ゆっくりと手をあげた。
 停車しドアを開けたタクシーに乗り込み、マンションのあるベイサイドエリアの名前を運転手に告げる。軽くうなずいた運転手は、タクシーを発進させた。


――今度。


 その時がもしやってきたのなら、俺の人生はどう変化するのだろう。そう考えると、一瞬、心が和む気がした。しかしその直後、明日のプレゼンテーションのことを思い出し、思考は一気に現実へと引き戻された。前方に見えるいくつもの赤いテールランプが眩しかった。



Sponsored Link


■お勧め作品