伝えるべきこと

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「お前担当の共通モジュール、いつできる?」
 背後からの同僚の声に、ボクは現実へ引き戻された。ディスプレイに表示されているプログラムソースを追いながら、問題箇所がないかの最終確認しているところだった。
「たぶん、あと少しで渡せると思う。待てるか?」
 ボクは同僚に振り返っていった。
「今日中にできるのか?そりゃすごい。でも、無理はするな」
 驚いて見せた同僚はそういい、自分の席へと戻っていった。
 確かに無理はしていた。しかしボクには、無理をする理由が他にあった。プログラムの最終確認が完了したのは、十五時少し前だった。
 ボクはプログラムソースとオブジェクトを、クラウドに上げ、PCの電源を切って席を立った。
「たぶんうまく動作すると思う。使ってみれくれ!」
 同僚にそう叫ぶと、ボクは急いで会社を後にした。


 地下の駐車場に停めておいた車に乗り込むと、近くのランプから高速に乗った。夕方近くになると、このエリアの高速は渋滞を始める。一方、空港へと続く車線は、意外なほど車が少なかった。
 今日はオーストラリアから彼女が二ヶ月ぶりに帰国する。空港まで彼女を迎えに行く約束を、ボクはしていたのだった。
―― 到着したらメッセージするね。
 彼女からの昨日のメッセージにはそうあった。


 到着予定時刻まで、あと1時間程しかなかった。ボクはいつもより少しだけ強く、アクセルを踏みこんだ。空港まで五十キロであることを示す標識が、一気に近づいて、後方へと過ぎ去った。
 今までと状態がかわらなければ、彼女はすぐにオーストラリアへと戻ることだろう。
―― 今日こそ、彼女に伝えよう。
 ボクはそう心に決めていた。
 ポケットの中で、渡せずにいた指輪が、静かに出番を待っていた。



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