セキュリティホール

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「TCP/IPってのはな」
 彼の薀蓄が炸裂していた。ちょっと酒が入るといつもこうだ。横文字を並べられても、文系の俺には理解不能だった。
 仕事の帰り、久しぶりに彼のマンションを訪ねた俺は、なぜかわからないまま、彼から説教に近い講義を受けていた。


「聞いてんのか?」
 彼は、グラスのウイスキーを一気に飲み干していった。
「まあな」と俺は答えた。
「日本のセキュリティ意識は、まるでなってないんだ」
 と、彼のヒートアップは止まらない。


「セキュリティホールの認識不足にはあきれるよ」
 彼は、空いた自分のグラスにウイスキーを注いだ。不正侵入を許してしまう弱点を、セキュリティホールと呼ぶのだそうだ。
「DDoSに対する防御もなってないし」
 と彼は続けた。彼の使う言葉は、翻訳なしには何一つ理解できない。


「とにかく、セキュリティ対策が甘いって俺はいいたいんだよ」
 彼はそういって、俺のグラスにもウイスキーを注いだ。勢いあまって、注いだ半分がテーブルにこぼれた。俺は、ティッシュペーパーをボックスから引き出してそれを拭いた。


「ところで」と俺はいった。
 一方的に、意味不明な説教ばかりされていても面白くない。俺は話題をかえることにした。
「え?」と、彼は気の抜けた返事をした。
「お前、先週ミキちゃんに何かねだられなかったか?」
 ミキとは、たまに二人で繰り出すパブの子だ。とても可愛く、そして頭の切れる子だった。


「誰にきいた?」
 狼狽した彼は、少しだけ酔いがさめたようだった。
「ミキちゃん本人さ。昨日ジムで会ったんだよ」
 彼女とは、たまたまジムが同じだった。


「それがさあ」
 彼のテンションが、穴のあいた風船のように急速にしぼんでいく。
「バッグがそんなにするとは、思わなかったんだよ」
 彼はバーキンをねだられていた。たぶん、夏のボーナスが吹っ飛んだに違いない。


「日本の心配よりも、まずお前がしっかりしないとな」
 俺は、そういって彼の肩をたたいた。
「がー」
 彼は両手で頭を抱えた。
 彼は、誰に対しても優しかった。特に女性には。しかしそれは時に、大きなセキュリティホールを形成するようだった。



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