ゴールドラッシュ

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 社長室に呼ばれていた。東京を見下ろすことのできる大きな窓をバックに、社長はプレジデントチェアに座っている。デスクを挟み社長と向き合う位置に、俺は立っていた。


「お前、いくつになった?」
 社長がきいた。その言葉に兄に似た優しさを感じる。
「入社五年目ですから、二十八になります」
 俺は答えた。確か社長とは十才違いだったはずだ。社長は、俺の年齢ですでにこの会社を起こしていた。


「そうかぁ、もう二十八になったのか」
「はい、お陰様でいろいろと勉強させていただいています」
 俺がそういうと、社長はあははと笑った。日焼けした顔に、白い歯が映える。ノーネクタイのクビもとで、IDカードが揺れた。


「その勉強を活かして、そろそろプロジェクトを立ち上げる側にまわってみないか?」
 社長がいった。
「本当ですか?」
 突然の社長の言葉に、俺は我を忘れた。嬉しかった。


「ただし、企画立案からすべて考えてみてほしい」
 社長はそういって、一枚のDVDメディアを俺に手渡した。実際に立ち上がり成功をおさめた企画のサンプルファイルだった。企画立案からとなると、かなり荷が重い。俺などに、はたしてできるのだろうか。少し不安になった。


「ところでお前、ゴールドラッシュって知ってるか?」
 社長は突然話題を変えた。
「新たに発見された金脈に、採掘者が群がることかと」
 俺は答えた。
「では、そのゴールドラッシュで儲けるのは誰だかわかるか?」
 社長は質問を続けた。


――― 儲ける者?


 ゴールドラッシュでは、いち早く金脈を掘り当てたものが儲かりそうだが。しかし、別に儲ける者もいるだろうか?俺は答に迷った。


「採掘のための道具売りか、もしくは金仲介人だよ」
 社長はそういった。
「道具売りか金仲介人?」
「彼らは金を掘らない。採掘者相手のビジネスで利益を上げるんだ」
「金採掘も一攫千金のチャンスなのでは?」
「確かに。でも金はそうそう出るものじゃない。ギャンブルよりもビジネスさ」
 社長はそう結んだ。


 その時、社長のデスクにある電話が鳴った。
「じゃあよろしくな。進行状況は随時報告してくれ」
 社長はそういうと受話器を取った。
「ああ、どうもお久しぶりです。え?クルーザー?とんでもない」


 社長に一礼をして、俺は社長室を後にした。そして、エレベーターホールに向かって歩きながら考えた。しかし、考えてすぐに出るような答でもない。
 気がつくと、エレベーターホール突き当たりの壁が目前に迫っていた。俺はあせって歩を止めた。エレベーターから降りてきた秘書の子が、俺を見てクスっと笑った。早く社長のようにカッコいい男になりたいと、俺は思った。
 現状のIT市場において、群がる採掘者とは誰なのか。そして、採掘者相手のビジネスとは。少しでも社長に近づくために、その答を探し出す必要がありそうだった。



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