ランチタイム

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「まったくやってらんねえよ」
 同僚はそういいながら、ようやくハンバーガーに噛り付いた。昼休みのオフィス街に面したこの公園は、ランチを食べるサラリーマンやOLでいつも混みあう。多くの人生の一シーンが、ひと時ここに集約していた。俺たちは噴水近くのベンチを陣取っていた。噴水は時折、勢いよく水を噴き上る。


「そう腹を立てるなよ」
 すでにハンバーガーを胃に収めていた俺は、フライドポテトを食べながらいった。
「もともと先方のミスなんだぜ。なんで俺に責任がまわるんだよ!」
 彼はそう答え、口に頬張ったハンバーガーを缶コーヒーで喉に流しこんだ。


「確かに。でも、先方も困っているわけだし」
「だからどうだってんだよ。そもそもお前は誰に対しても甘すぎるぜ。彼女もいってたぞ」
 彼女とは、秘書課に勤務する俺の婚約者のことだ。
「あいつが何だって」
 俺は彼女から、俺自身の甘さについて直接指摘されたことがない。
「甘すぎるじゃなくて、優しい・・・だったか」
「微妙に意味が違うだろう」
 俺がいうと、彼の表情から今までの厳しさが抜けた。そこには、無邪気な少年の面影を垣間見ることができる。


「結婚式はいつだっけ」と彼がきいた。
「9月4日だよ」
 俺は照れ隠しに、フライドポテトの一つを近くに投げた。すると、鳩がすぐに舞い降りて、それをついばんだ。
「お前もついに結婚かあ。世の中、平和になるな」
「どういう意味?」
「だからそういう意味」


 噴水広場の脇にたつ公園の時計が、十二時五十分を指した。俺たちはそれぞれのゴミを手に持ち、立ちあがった。公園からオフィスまでは、エレベーターの待ち時間も含めて十分かかる。
「式には来てくれよ。スピーチも頼みたいし」
 先を歩いていた俺は、彼に振り返っていった。
「まかせとけ。お前の過去をみんなに公表してやるよ」
 彼は、そういって笑顔を見せた。


 午後からは、社内のプロジェクト会議が予定されていた。彼の責任が追及されるのは確実だった。俺は密かに、彼を救うための策を準備していた。しかしそれを使うことはないだろう。先ほどまでの彼の怒りは、ハンバーガーとともに胃で完全に消化されているはずだ。切り替えの速さは、数ある彼の特技の一つだった。冷静に対応することで事なきを得る彼の姿が、俺には鮮明に見えていた。


 俺たちは公園を後にして、ビル街をオフィスへと歩いた。見上げると、ビルの壁に阻まれた小さな青い空に、白く輝く入道雲が張り出していた。俺は、そのまぶしさに目を細めた。本格的な夏が、この街にもやってこようとしていた。俺にとって、独身最後の夏だった。



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