峠の向こう側

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峠の入り口にバイクを停めていた。
ベールが開かれるかのように
朝靄が左右に抜けてゆく。


俺はバイクのエンジンを始動した。
眠りから突然起こされたエンジンは
怒りにも似た甲高い雄叫びを上げる。


着慣れたライディングスーツは
身体にフットしていて心地良い。
フルフェイスのシールドを落とす。


ギアを入れてバイクをゆっくり始動させる。
道路の路面状況とタイヤの状態を確認し
徐々にスロットルを開く。


峠に入ると、スロットルをさらに開けた。
視界が一気に狭くなっていく。
わずかに残る朝霧を切り裂いていく。


前方に見えるコーナーは、一つ目の難所だ。
コーナーに突入してからでないと
タイトなRに、気付けないからだ。


フルブレーキングと同時に素早くギアを落す。
タイヤが悲鳴を上げる。
一気にバイクを倒して
ハングオンでバンク角を維持する。


コーナー出口が見えた時点でスロットルを開く。
遠心力はすぐに加速Gへと変化する。
フロントの上昇を阻止するために
前傾姿勢を取ってタンクを押さえこむ。


「危ないことはやめてね」
妻の言葉が脳裏を過る。
確かに一人の身体ではなかった。
幼い息子の笑顔が浮かんでは消えた。


俺はいくつものコーナーを軽快に抜けた。
次第に走っていることを忘れていく。
低空飛行をする飛行体に乗るかのような
錯覚が起きる。


今日で終わりにしようと考えていた。


しばらく続く直線では、フルにスロットルを開く。
大気はすぐに厚い壁となる。
俺は前傾姿勢を維持したまま加速を続ける。


次のコーナーを抜ければ、峠は終わりだ。
俺の走りも、もうこれで終わる。


峠の向こう側に、何が待っているかはわかる。
退屈で平坦な街並みがそこにはある。
安定の中で守るべき幸せがある。


よく走った道だった。
コースのすべては、身体に刻み込まれている。
究極の状況の中にこそ生の原動力があった。


峠の最終コーナーが迫っていた。
俺は一気に状態を起こした。
分厚い大気の層が一気にスピードを奪い去る。


俺はフルにブレーキングをする。
オーバースピードのまま最終コーナーに飛び込む。
ハングオンの体勢で、コーナー出口を確認する。


そこには、平坦な街並みの代わりに
大きな障害物が見えた。



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