不可逆な関係性

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ウエイターに案内されて
窓際の席に向かうと
窓一杯の夕闇迫る空と
摩天楼の無数の輝きが広がった。


彼は既にビールを飲んでいて
軽く私に手を振った。


「遅いから振られたかと思ったよ」
と爽やかな笑顔は健在だった。
「ごめんね。打ち合わせが長引いた」
来るべきか悩んでいたとは言えない。


彼と会うのは一年ぶりだろうか。
突然「食事をしないか」と誘われていた。
「奥さんはお元気?」
彼と同じものをオーダーした後に私はきいた。
「別れたんだ」
ちょっと曇った顔で彼は答えた。
「そうだったんだ」
治ることのない傷が痛んだ。


「旦那さんとはうまく行ってる?」
彼のこの質問は、想定の範囲内だ。
「半年前に別れたよ」
私がそう言うと、彼は少し驚いてみせた。


盛り上がる恋は
時に基本的ルールをも無視してしまう。
多くの人を傷つけた。
その傷は、自分が負った傷よりも重いはずだった。
運ばれてきたビールを彼のグラスに軽く重ね
喉へと流し込んだ。


「やり直さないか」
と彼が言った。
「もう、誰にも迷惑はかけないだろ」
あながち間違いではなかった。
でも、人を傷つけた罪を
無かったことにはできない。


私はグラスを置いて席を立った。
「待ってくれよ」
彼の声が背中に刺さった。
後ろ髪をひかれるような気がした。
できれば彼の胸に飛び込みたかった。


私は、振り返らずに手を振った。



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