分かれ道

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「話したいことがあるんだ」


 電話の向こう側で彼がいった。私はその言葉が、少し気になった。声に緊張感が感じられる一方で、いつもの明るさが欠けていた。私たちにとって大切なお話かな。もしかして、別に好きな人ができたの?


 彼のほんの些細な変化にさえ、私の心は大きく揺れてしまう。もう一年以上も付き合っているのに、彼は十分に優しいのに、私はこの幸せに安定を見いだせない。


 待ち合わせをした渋谷駅前は、例外なく人に埋め尽くされていた。黄昏の空に、数々のネオンサインがまぶしい。幸せそうなカップルが行き交うこの街で、彼は私に、どんなことを話すのだろう。
 待ち合わせ時間を数分過ぎた時、私は人ごみの中に、スーツ姿の彼を発見した。長身の彼は、ゆっくりと私に手を振る。彼の顔が、巨大な街頭モニターの光を受けて、少しだけ青白く映った。


「ごめん、ちょっと遅れたね」
 彼は腕のダイバーウォッチを覗き込んでそういった。
「昨日の電話、少し元気がなかったね。何かあった?」
 私は彼の顔を見上げていった。
「実は・・・」
 彼はその瞬間、少し表情を硬くしたように見えた。


 街の雑踏とノイズのすべてが消え去った気がした。二人だけしか存在しない空間で、時間さえもが停止したようだ。ほんの一瞬のこの時間を、これほど長く感じたことはなかった。


「実はボクと・・・」と、彼は切り出した。


 私はその次に続く言葉を二つだけ、予想することができた。それらは私にとって、相反する大きな意味を持つ言葉だった。分岐点に立つ私は、次の瞬間、どちらに向かって歩み始めるのだろう。


 ―――幸せでいさせてください。


 私は、心の中でそっと手を合わせていた。



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