暴落の代償

Sponsored Link


 6台の液晶ディスプレイには、数多くのチャートが表示されていた。主要国の市況は、それを見ればリアルタイムに把握できた。
 連邦準備制度理事会(FRB)議長の発言を、マーケットが好感していた。ニューヨーク市場の大幅高を受け、シカゴ商業取引所(CME)上場のNikkei225Fも高く引けた。東京市場が高く寄るのはほぼ確実だった。


 高層階に位置するこの部屋の窓からは、乱立する高層ビル群のパノラマが見える。それらに入る企業のすべてが、いっせいに活動を始めようとしていた。


 寄り前に出した成り行き注文は、午前9時JUSTから9時2分にかけてすべて約定した。昨日から持越した銘柄は、なんとか利益を確定することができた。ほっとしたその時に、机の端にあったスマートフォンが静かに鳴り始めた。僕は手を伸ばしてそれを取り、耳元にあてた。


「もしもし健一?」
 理沙だった。
「ずいぶん早いね。どうかした?」と僕はいった。
 彼女は六本木に店を持っている。午前9時は、彼女にとって早朝だ。
「メッセージ、既読にもならなかったから」


 空いた一方の手でマウスを操作し、僕はPC側のSNSを開いた。昨夜、確かに彼女のメッセージが届いていた。


<やっぱり忘れてる>


 混みあう店から出したメッセージだったに違いない。僕はその時間、一時的な円暴落の戻しタイミングを狙い、米ドル/円(USDJPY)、ユーロ/円(EURJPY)の動きを追っていた。


 東京市場がクローズした後、昨日はそのまま外国為替市場に移行したのだった。仮眠はとったものの、24時間マーケットを追っていたことになる。思考に若干の遅延を感じる。


 やっと思い当たった。昨日は彼女の26回目のバースデーだった。
「冷たい人だね」
 その言葉の直後に電話は切れた。これでは言い訳すらできない。
 マーケットを追っていた一日の間に、僕自身の株価が、大暴落をしていたようだった。
 彼女を訪ねる必要があった。 僕は席を立ち、バスルームに向かった。


――― バースデープレゼントは、彼女と一緒に探しに行こう。


 暴落した株価を引き上げるには、かなりのコストがかかりそうだった。



Sponsored Link


■お勧め作品